平岡の過去2

12/18/2018

昨日の続き、

 

クリエイティブ事業部の数字を作る傍ら、コンサルティング事業部の案件にも携わっていました。単品リピートECの起ち上げプロジェクトがあり、web周り全体を担う立場で参画しました。

 

そこからダイレクトレスポンスマーケティングについて学び、実践し、没頭していくことになります。それまでは上辺の数字しか見れていなかったことを痛感したのと同時に、事業に直接インパクトを与えることができる状況に大きな可能性も感じました。

 

やりたいことやれることがたくさんあると感じていましたが、メインのミッションはクリエイティブ事業部の数字を作ることなので、使える時間をフルに使っても、コンサル案件の方は後手にならざるを得ませんでした。

 

その当時はたぶん平均睡眠時間3時間とかで3ヶ月近く働いていました。常に気力だけで戦ってる状況を記憶してますw

転機

 

 

工数と頭を十分に使えていないため進捗が後手後手になっていたこともあり、担当者から契約打ち切りを言い渡されます。個人的には期待に答えられていないことと、やりたいと思っていることがまだまだあったので諦められませんでした。

 

そこで、クライアントの社長にどんな形でもいいから携わらせてほしいと直談判します。ただ既に、僕が担っていた領域をオフラインを任せていた広告会社に任せることが決まっていました。

 

そこで「やりたいならそっちでやればいいんじゃない?」という提案をもらいます。どんな形でもと思っていたので、一度は見きった広告会社での仕事でも構わないと判断しました。

 

その後、クライアントの社長とその広告会社の役員とが話をしてくれ、平岡の受け入れを了承してもらえます。そして引き続きそのプロジェクトに関わるために、広告会社へ転職することになります。

 

ただ、前職での引き継ぎに3ヶ月ほどかかってしまったため、移籍したタイミングは別の担当者がプロジェクトを担当している状況でした。

続く転機

 

 

社内にはオンラインマーケティングを理解している人がほぼいなかったので、社内の人材育成や既存クライアント向けの領域拡大のサポートなどをしながら、目的のプロジェクトへのアサインタイミングを待っていました。

 

ここで不幸が起こります。

 

プロジェクトの進みが悪く、その会社からもプロジェクトが引き上げられてしまいました。それをやるために無理を言って前職を辞めさせてもらい、一度は見きった広告会社の仕事に取り掛かっていたのに、何をしにきたのかわからない状況になりました。

 

そうなると居る意味はないので、入社3ヶ月目くらいで退職の願いを出します。提案中の案件やグリップしているクライアントなどもあったので、すぐには受け入れてもらえず結局そこから4ヶ月ほどその会社に在席することになります。

 

前職からも声掛けをもらったものの、馬が良すぎるという感覚も持っており、他の会社へ行くつもりもなかったので、場当たり的に企業することになります。それがテマヒマでした。

 

 

つづく。

タグ:マーケティング

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